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崎田プロフィール
【崎田和伸(サキダカズノブ)】(男)
◆広島県三原市糸崎町に生まれました。祖父と釣りをしながら小さい時を過ごしました。今でも仕掛けを一から作れます。(やっている人から言わせると当然かもしれません)
◆広島県三原市、府中市、広島市の小学校、中学校、高校、大学へ通います。小学校4年生から大学卒業まで広島市です。
◆大学(経済学部)卒業後、ダイキンの家庭用エアコンの卸売会社へ就職。岡山県、鳥取県で、家電量販店へのルート営業を担当しました。津山市、倉敷市、総社市、倉吉市、鳥取市などを毎日周りました。
繁忙期の毎週末には、量販店の販売員をし、また管工事(エアコン工事)の現場も経験させてもらいました。
量販店の倉庫整理の手伝いから始まり、売り場担当者にダイキン製品を売ってもらえるように、精一杯働きました。
今考えると「昔ながらの根性営業」だったと思います。担当したエリアの営業は、最初から私一人に任せてもらえました。営業というものを全く知りませんでしたので、昼間外回りしては撃沈し、会社へ帰って尊敬する上司を見ながら勉強する、という日々でした。
ある店舗で、ダイキン製品が売れ過ぎて、売り場担当者様が量販店本部から「無名なメーカー(当時は)ではなくて、有名なメーカー(松下や三菱)を売れ」という指示が出ることがありました。売り場担当者の方には、迷惑をかけたのですがメーカー営業としては嬉しい瞬間でした。
◆仕事はとても面白く、とてもやりがいがありました。が、いろいろと考えがあり、退職してしまいます。
誠意を持って退職したつもりですが、その時の会社の皆様、信頼して多くをお任せ頂いた上司には、大変ご迷惑をおかけしました。この場を借りてお詫びします。当時の上司は、今でも尊敬しています。今はお会いしていませんが、出世されているものと思います。
◆辞めたは良いものの、なりたい職業への道の険しさを知り、早くも挫折してしまいます。浅はか、とはこのことです。心からやりたいことが見つからず、レンタルDVD店に勤務しながら公務員になろうと決意。空調会社勤務時代の貯金をはたいて、夜学に通いながら勉強します。
◆公務員試験に3年挑戦。全滅してしまいます。働いてはいましたが、今話題のワーキングプアー状態でした。
当事務所が毎年、大学生をインターンシップとして、受け入れを行っているのは、このときの挫折があったからです。
将来の選択肢は多ければ多いほど可能性が広がります。私は選択肢を構成する大きな要素は「経験」だと思っています。
私もまだまだ若輩者ですが、若者に必ず来るだろう「挫折」にどう向かい合うか、インターンシップの経験がその答えを見つけるための一助になればと願っています。
◆公務員試験が全滅し、まだやりたいことが見つからず、失意のうちに、知り合いに誘われるまま、行政書士試験を受験します。行政書士とは何なのか、この時点では知りませんでした。
◆ある日、行政書士の試験機関から一通の通知が届きます。不合格通知と思いこみ捨てる寸前だった封筒を開封してみたところ、なんと合格証。大変驚きます。受験した平成11年、広島県の合格率が2%台(全国4%台)でした。このとき、初めて行政書士が何をする職業なのか、しっかりと知ることになります。行政書士になりたいと思っている他の受験者の皆さんから見れば、許せない状況だったと思います(-_-;)、私もそう思います。
◆しかし、この時点で行政書士登録するという選択肢には、たどり着きません。ある企業の就職試験を受け、内定の直前まで行きます。
でも、なぜか、この時に、行政書士登録の道を選んでしまいます。面接の継続をお断りしました。
本当に、若いとは恐いものです。いま考えると、何を思い立ったか、なけなしの15万円を使い、行政書士登録をします。最初は、自宅兼事務所。口座に5万円残りましたが、看板と名刺で消えました。
◆登録後、こんな私に、お仕事を任せてくれる企業様のお陰で、なんとか、創業段階をしのぎました。足を向けて眠れませんm(__)m。本当にありがとうございます。
◆お仕事が少しずつ増えてきたころ、事務所を移転しました。広島SOHO'オフィスというところです。異業種の共同オフィスで、オフィス立ち上げ段階で入りました。
低いブースで仕切られているフラットな共同オフィスで、私の隣はプログラマーさん、その隣はウェブ制作者さんといった、特殊な環境でした。しかし、刺激が大きく、またとても楽しく実務させて頂いた場所です。
今の私は、この共同オフィスが無ければ存在していないかもしれません。
◆またまた、若いとは恐いものです。何を思い立ったか、行政書士事務所設立1年経たないうちに職員を採用。給料を支払うために四苦八苦します。
◆皆様のお陰で、ご依頼頂く業務も増えてきて、人員を増やす必要があったため、事務所移転しました(現在の中区西白島です)。
◆職員を1名採用して、私含めて3名体制としました。
◆職員をもう1人増員採用して、私含めて4名体制としました。
◆事務所名称を崎田行政書士事務所から「ひろしま中央行政書士事務所」に変更させていただきました。行政書士会への変更申請と同時に、特許庁に商標登録しました。行政書士事務所名の商標登録は、西日本初(兵庫以西)となります。
◆2009年3月、職員を採用。私含めて5名体制としました。
◆現在に至ります。最初は1人で創業した事務所ですが、少しずつ人員が増え、現在、崎田含めて5名。忙しくも楽しく、執務させていただいています。
依頼人の皆様、関係者の皆様、そして職員に感謝しています。ありがとうございます。
※職員のみんな、普段、なかなか口に出せないけども、感謝しています。ありがとう。
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